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4月20日テレビ朝日「ワイドスクランブル」(昼の番組)でエノアールと私のことが放映された。コメンテーターの話を入れると20分くらい。それについての見解を書きます。
まず、取材は、17,18,19日に行われ、制作会社ではなく、番組のディレクターがおこなった。最後の日の数時間がレポーターをまじえての取材になった。 エノアールの部分のタイトルは「仰天!ホームレス画伯の珍生活」。これは、新聞の番組欄にのっていたもの。これは聞かされていなかった。仰天したのは、こっちである。 VTRの内容で、おかしい、と思ったのは以下の点。 1、エノアールを一緒に運営している女の人の取り扱い方。 彼女は、まず、なにより、主体的に公園での生活を行っている。経済的にも、ぼくに依存しているわけではない。そして、絵をかく会や、女の人のためのティーパーティなど、を主催している。VTR上の取り扱いは、そのような紹介ではなく、「彼には共同生活を営む女性がいた」とナレーションが入り、テロップで「ある女性の存在が」、そして、彼女が大根を切る映像。料理をする映像。という進みいき。「エノアールを一緒につくっていこうというパートナーです」という言葉は入るものの、過剰に性別役割を強調して、彼女の存在を矮小化したものになっていた。 2、管理事務所側の言葉の扱い方 「そんなエノアールに存続の危機が」とナレーションが入り、管理側が大勢やってきて「たたんでください」という。「ここは再整備工事が入るから」と管理側は言葉をつづける。この流れで見ると、「たたんでください」という言葉が、テントを公園から撤去してください、と言っているように受け取られる。しかし、この「たたんでください」は、一時的に畳み、すぐに再建していい、という管理側が月に一回求めている要求である。再整備工事を理由に、プレッシャーをかけられているのは事実ではあるが、今のところ、そのことで「たため」ということを言われてはいない。誤解を生みやすい編集である。 ワイドショーだからそれこそ仕方ないのかもしれないが、1、2などの点は、物語性を高めセンセーショナルな効果を求めるための、彎曲であり、間違った認識を流布するものだと思う。 3、「テントやカフェが撤去されてもやもうえないという現実は認識しているという、・・」というナレーション ぼくは、テントやカフェが撤去されてもやもうえないという風には考えていない。また、そのようなやもうえないとする考え方があり、そのような(たとえば強制撤去などの)現実があることを認識しているが、それには基本的には反対である。だから、このナレーションは、ぼくが、強制撤去を受け入れる、という認識をしていると、聞こえるものになっている点で、ぼくの考えと相反している。 VTRにつづいて、コメンテーターたちのコメントが流された。その時スタジオには、レポーターとして、島田薫さん、アナウンサーとして、大和田獏さん、大下容子さん、コメンテターとして、北野大さん、あと一人は名前がわからない男の人。(ぼくの時に字幕がでてこなかったため)。 まず、口火を切ったのは、大和田さん。以前、公園そばに住んでいて練習などをしたと話した後、「ずいぶん雰囲気がかわったんだけど、」と発言。 VTRの撮影時で50人、最盛期でも350人が、住んでいた場所というのは、公園の中のごく一部である、ということをわかっているのだろうか。また、比較的目立たない場所であるということもわかっているのだろうか。ぼくは、分かっていないから、ずいぶん雰囲気が変わった、という発言をしているのだと思う。VTRにそのような説明がないし、まるで、公園全体をホームレスの小屋が覆っているかのような印象をこの発言は、生む点で、事実に反していると思う。 島田さんが、大下さんの「そもそも公園は滞在してはいけないところじゃないですか」という問いに、「たしかにそれは彼も分かっていて、住んでいるのはよくない、と、行政から指導されているけど、それも仕方ないことだと分かっている」と発言。行政から指導されたくないなぁ。と思っています。 北野さんの発言。長く引用してみます。「さっきの本村さん(妻子が少年に殺された方)が30歳で必死にいきているでしょう。彼35にもなって、まず、わがままですよ。都心の緑の中に入って毎日がキャンプ生活でしょ、そりゃ、自分はいいかも分からない、こういう公共のものをこういう形で使っちゃいけないし、もちろんホームレスの方はね、色々な事情があるから行政としても心のケアをしなくちゃいけない、・・・結局、我々だって社会に生きているのに、眠くたって朝起きて満員電車のっているという、社会のルールをわきまえて、つらいことがまんしてやっている、それを一種の逃避ですよ、ぼくに言わせれば。ね、ああいうことして、社会に迷惑かけてはいけないし、もっといいたいのはね、恥ずかしいと思わないのかと。顔名前まで出して。その意識なんでないのか。親が見たらなんと思う?とぼくはいいたくなるな。」 非常に感情的だと思う。テレビに毎日出ていてそこで影響力のある発言をし、またその相手がそれに反論する力も機会もない場合、このように、恥ずかしいと思わないのか、などと中傷することは、まず、公正や慎重さを欠いている。それだけで、この人がいかに、コメンテーターとして失格がよく分かると思う。恥ずかしいと思わないから、社会的な不利益も覚悟しつつ、顔と名前を出したに決まってるだろう。自分の生活を、また、周りにすんでいた友人たちを誇りに思っている、から出演しているのだ、ということすら、なぜ、分かろうとしないのか。そもそも、北野さんは番組側の人間として、請われて出演し、顔を出す、ということそのものを非難すること自体おかしなことではないだろうか。もし、それをいうなら、番組を作ったディレクターを、それを放映するテレビ朝日を非難すべきではないか。それをせずに、ぶつけやすいものにだけ石を投げるのは、卑怯だと思う。 これは見解の相違だろうけど、「つらいことをがまんしてやっている」ことこそ逃避ではないのでしょうか。なるべく、つらくないように、なるべく、がまんすることが少ないように、生きていくし、そのような社会を作っていくのが、理想なのではないでしょうか。 あと、テレビ親は見ましたよ。「親が見たらなんと思う?」なんて親が見たらなんと思う?。北野さん、想像力って大切ですよ。 もう一つ北野さんの発言。「どんなすばらしい理由があるにしてもね、少なくとも、公園と言う公共のものを占拠するようなことは、そりゃ、絶対許されない。」前述のナレーションや、他のコメントなどとあいまって、 番組全体として、強制排除を容認する風潮を助長してしまっている。 それが、非常に残念である。また、憤りを感じる。これは、ぼくやエノアールにとっての不利益を超えホームレス全体の不利益につながる。 島田さんの発言「ホームレスの多くの方は高齢で行くところがなくて、彼の場合は少しちがっていて」北野さんの発言「毎日がキャンプ生活でしょ」大和田さん「この人ホームレスと呼ぶのが正しいか分からない、本当にしかたなくホームレスになる人もいるわけで」名前分からない人「ホームレスにならざるえないという人もいると思うのですがこの人の場合ホームレス生活を面白く楽しんでいると」など、ぼくと一般のホームレスはちがうという発言が多い。この人たちのホームレス一般のイメージは、つらくさびしく汚く暗い、なんてとこなんだろう。だから、楽しく暮らしているぼくを見て、これはホームレスではない、と思うのだろう。しかし、ところがどっこい!。多くの人がテント村では、いきいきと楽しく暮らしていた。それに、どんな理由にしろ、公園で暮らし始めた人は、共に暮らす仲間であった。エノアールは、特異な場でもあったが、それはテント村のさまざまな表情の一つ、文化の一つであり、その表情は、それぞれだいたい笑顔だったのだ。そういうこと分かってないですねぇ。 島田さんの発言。「行政は、いろんなことをやっているし、心のケアということも考えてやってはいるんですが、なかなか彼らの不安と合致しないで」 エノアールのことを擁護してくれている発言ではあるのだけど、行政が考えてやっている心のケア、とは具体的にどんなことをさしているのか。ぼくには、思いつかないのだが。また、前述の北野さんの発言にも、心のケア、という言葉は出てきたが、このパネラーたちの中で共通に理解する、行政の対策があるのだろうか。それが、はっきりしないままに、とにかく行政は心のケアをやっている不十分だけど、と話がすすでいるのは、ぼくには不可解だし、あいまいな知識を植え付けかねない。 全体としての見解 VTRは前述した点など、大きな不備、不満はあるが、エノアールの持つ人の輪や楽しげな雰囲気、「ひときわ異彩を放つ光景」などとナレーションが入るわりには、自然でリラックスした感じ、が映像で伝わっただろう点はよかったと思う。コメント部分に関しては、VTRの内容を受け取り発言するという感じが薄かった。特に、北野さんの発言が、個人攻撃の色を帯びるにいたっては、ショックを受けたし、また、不公正だとも思う。 コメンテーターの意見を鵜呑みにする人もまた多いだろうことを考えると、それに反論する人もいていただきたいし、そもそも、当事者たちが不在での(つまり不公正が起こりやすい)場での発言だということを前提に進行すべきだ。 番組を見た後、はじめの感想は、出るんじゃなかった、というものでした。しかし、多くの人から励ましやコメントに対する怒りのメールをもらい、だいぶ救われた気分になりました。どうもありがとう。また、番組を見て、エノアールに来てくれる方も、応援にきました、という立場の方が多く、支えになりました。重ねて、ありがとう。 また少し見解を足すかもしれません。 by isourou1 | 2006-05-01 23:20 | ホームレス文化
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