![]() by isourou1 カテゴリ
以前の記事
2012年 02月
2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 07月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 09月 2010年 02月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 09月 2007年 07月 2007年 05月 2007年 03月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 03月 お気に入りブログ
感想などがありましたら、、、
isouroou@gmail.com (すぐに返信はできないことが多いと思います。) おすすめキーワード(PR)
ファン
|
ninotikaさん、コメントありがとうございました。なるほどねぇ。ninotikaさんは、理想の社会のあり方、というのを頭に描けているのですね。ぼくは、それは考えていきたいと思ってますが、はっきりと描けているわけではないです。手探りで、いわば勘で鼻を効かせている、というところです。
社会というのは、進化している、ホームレスという状態は後退している、ぼくとしては、そう言い切ることは出来ないようにも思います。というか、そういう発想はしないなぁ、という感じです。存在して継続しているものは、簡単に言い切ることは出来ない、白黒をつけるよりも、存在し継続しているということ自体が大切にしたいこと、ぼくの基本の考えはこうです。 新しい文化が生まれるかもしれない、とはどんな文化か、ということですが、それはぼくとしてもなかなかうまく言えないです。また、希望する結果というのも思いつきません。でも、少しいえることを書いてみます。 ぼくの住んでいるところは公園です。公園というのは誰もが利用でき、訪れることのできる場所です。しかし、その場所に住むということは、自分の場所にするということです。だから、矛盾があります。しかし、この矛盾というのは、本来はどんな場所についてもある矛盾なのではないでしょうか。その矛盾は、おもにお金のやり取りで整理されているのでしょうが、それは、隠蔽されているともいえると思います。で、この矛盾の切っ先にホームレスは立たされています。ぼくが、思うにホームレスの可能性の一つは、この矛盾にこそあります。ぼくが、テントを張った頃、この公園は、基本的には、だれが、テントを張ろうと、いいはずだ、という考えがありました。(一方で、自分の庭のように、出て行け、などという人もいたのですが。) また、生活領域でありながら、公園でもあるので、場所を開いたものにするべきだ、という考えもあったように思います。(一方で、それに反対する人ももちろんいました。)それは、プライベート空間を確保できないという問題でもあるのですが、空間を常に他人に対して、開いたものにしなくちゃならないというのは、可能性でもあると思います。ぼくは、もともといろいろな人に会うことが多かったのですが、この公園に来てからほど、人と会い話すことはありませんでした。(特に、外国人) 今日は、この辺で。また続きを書きます。
ninotikaさん、ありがとうございます。あちこちつまみ食い的に読ませてもらいました。現役ホームレスの方でホームレスについてページをお持ちの方もいるんですね。ぼく自身、公園生活を始めて2年たちますが、しかし、自分の立ち場や、ホームレスの人たちに対してどう考えていったいいのか、というのは手探り中という感じで結論はないのです。だから、特に、当事者だからといって、特権的に物を言う気もなく、いろいろ批判なりを頂きたいと思っています。このブログというシステムについてはよく知らないので、ここで自分の意見を開陳するのが、的を得たことなのか、判断できないのですが、ホームレスで検索してみたら、ここで活発な議論がなされているようなので、一石を投じてみたいと思いました。
まず、ぼくが公園でホームレス生活を始めた最大の理由は、ここから新しい文化が生まれるかもしれない、と思ったからです。驚く人も呆れる人もいるでしょうが、そうとしか言えません。外からみていて、ホームレスの人たちには、自由に使える時間がたくさんあり、コミュニケーションがさかんであり(助けあっている)、また様々な人がいる、と思っていて、そういうところから(差別されているということも付け加えることもできます)、文化が生まれてくるはずだ、と思って、そして暮らすことにしたのです。だから、ぼくの立場からいうと、ホームレスをなくせばいい、という風には思わず、むしろ若い人は家賃を払うために賃労働をせずにホームレスになったらどうか、と提言したいほどです。(もちろん、そんな簡単に言えることではないのですが)。 生活を始めて、感じたことを幾つか書きます。ホームレスと言っても様々ということは多くの人が言っていてそのとおりだと思いますが、テントや小屋で暮らしている人と、それ以外の人では、大きく生活の内実が違います。それ以外の人というのは、駅やビルの隙間にダンボールを夜作って寝る人、夜の間は歩き回っていて昼に公園などで寝る人、などです。で、ぼくがより知っているのはテントや小屋で暮らしている人たちのことで、しかも、ある公園についてだけで、ここに書くのも、そういう限定の話です。 まず、新しく公園に入ってきた人はとても不安そうです。しかし、しばらくすると、のびのびとしてきます。ぼくもそうでした。なぜかというと、ここの暮らしは、悪くないからです。その人のホームレスの前の状況こそが精神的にきびしくて、ここのコミュニティによって、人間性を回復している、ということがあります。ninotikaさんがいうような第二の社会として、確かに機能しています。線引きするな、といってこう書くのは、矛盾ではありますが、一般の社会よりホームレス社会のほうが、優位性を持つことが、色々とあります。 これもninotikaさんが言及していましたが、ホームレスの人たちは、アルコール依存症、ギャンブル依存症、などのアディクションを持った人がかなりの割合でいます。現在のアパート移行事業など行政的な考え、支援団体の考えにも、この医療的な視点が全く抜け落ちています。だから、仮に職を得ても屋根を得ても、この部分のフォローがなければ、うまくいかないと思います。むしろ、バラバラになることで、この問題は深刻化するのではないでしょうか。 ホームレスの中にも女性がいることを認識することも大切だと思います。ホームレス社会は男性の数が大変多いという男社会なので、その中で暮らす女性の方は、大変です。私の住む公園では、女性の方が、テント暮らしの人だけで、20名くらいいます。暴力の被害にあうこともあります。 また、70歳以上の高齢者もたくさんいますし、外国人もいます。 ホームレスという選択もあり、という議論を読みましたが、ぼくもそう思っています。ホームレスという状態がもっと普通のこととしてあって、行政もそれを認めてきちんと対応するというがいいのではないかと思います。一般社会の中で生きてきたホームレスの方は「それは良くない恥ずべきことだ」ということを内面化していて、それが精神的にきついという問題もあります。 はじめにも書きましたが、とくに結論として書いているわけではないので、ご批判いただき考えて生きたいと思っています。ぼくとしては、ぼくの住むホームレス社会にある豊かさと可能性を感じながら、(へこむこともありますが)、日々を暮らしています。誰も完全な人間はいないから、どうやってお互いが手を差し伸べあう、自由のある社会を作っていくか、というのが大きな問いだと思います。 < 前のページ次のページ >
| ||||