フォロー中のブログ
外部リンク
連絡
abisoourou@gmail.com(先頭のabを削除してください)
記事ランキング
|
#
by isourou1
| 2023-08-21 14:28
| ホームレス文化
Yさんの野宿している場所は道路の法面で、かなり傾斜している。木々が生えているが、それ以外は土地利用の方法もなさそうであり、うまい場所を見つけるものだ。 Yさんは、昼ころに電話してきて、警告の紙を張られた、工事をするから荷物を撤去しろと東京都に言われた、と憤っていた。ぼくは、道路を管轄する部署に問い合わせるので夕方に連絡してほしい、と言った。案の定というか、幸いというか、役人に聞いたところ、工事の予定はない、通常のパトロールでの警告とのことだった。案の定というのは、Yさんには、時折、思いこみ(第六感?)に基づく言動があるためだが、オリンピックで2回(競技場建設時、開催時)、Yさんは排除をうけており、疑心暗鬼になるのも故なきことではない。 夕方、カレーをつくり始めたところに、Yさんがテントにやってきた。暑い中、30分くらい歩いてきたのだろう。大病を患っているはずなのだが、思いの外、元気そうだ。ただ、アルミ缶回収業者が廃業を匂わせて来なくなったり、とYさんには悩みが重なっている。 Yさんは、しばらく工事説をとなえていたが、途中で、この話はもういい、と打ち切った。 カレーできるまでに30分くらいかかるけど食べる?と聞くと、うなずく。入院中の話をあれこれと聞く。病院付属の学校の清掃を斡旋されたようだ。便所掃除もあるから断った、とのことだが、いろいろと病院の文句を言っているわりには、スタッフに好かれていたのではないか、という感じ。退院後それっきりになっているのだが、通院することを勧めた。 カレーはチキンカレーだ。自分でいうのもなんだが本格的なスパイスカレーだ。ただ、鶏肉は昨日購入して、とりあえず米麹の甘酒に漬けておいたが、そもそも匂いが怪しかった(半額だったし)。ちょっとヤバいかな、という状態だったが投入した。 つけあわせは、炊き出しで配布していた、きゅうりのピクルスの瓶詰め。この蓋が硬い。Yさんに手渡すが、Yさんも開けられない。ぼくは、大型スプーンで蓋の中央を乱打する。でも、開かない。Yさんは、スプーンで蓋の周りをリズムカルに叩いている。キツツキが幹を叩く具合だ。そんなのじゃダメだよ、とぼくはスプーンを取り上げて、蓋の中央めがけて振り下ろす。ブッチャーがテリーファンクの額に凶器攻撃をする具合だ(あれはフォークだったけど)。穴があく!とYさん。再び、スプーンで蓋のまわりを軽やかに叩きはじめる。そして、Yさんが蓋をねじると、見事に開いた。Yさん、ほうら開いたよ、と得意そうだ。 凶器攻撃が功を奏した可能性も否めなかったが、Yさんは確信ありげに、まわりを叩けば開くって教わったんだ、と。 Yさんの力の抜いた瓶の叩き方を見ながら、ぼくは、野宿者と共同作業する際にしばしば感じる、手の物腰の柔らかさを思い出していた。たとえば、重いコンパネの受け渡しの時に、ふと、相手の挙動がとても優しいことに気づくことがある。その体格のいかつさや日頃の言動の不器用さなど、主に外面的なイメージとのギャップが印象に残る。重いものを繊細に受け渡しするのには、それを保持する筋力が必要だから、いかつさと矛盾するものではないのだが。 そして、これは、力仕事に従事する中で、相手も自分も怪我しない、また物品を壊さない、と配慮することで培われたものではないか、という気がする。ここで生活していると、仕事の経験の中で身についた考え方や所作が、良くも悪くも、その人を深く規定していることを感じることが多い。これは、仕事自体あまりしてきていない自分にとって意外な発見であった。 チキンカレーはおいしかった(鶏肉には若干変わった深みがあったが、麹の効果だろう)。 Yさんはおかわりをして、おいしいともまずいともごちそうさまとも言わずに帰って行った。 追記 数日後、Yさんから「カレ-だめだったよ。すぐにトイレの前で、ゲー」と言われた。胃腸の弱い、ぼくは一応大丈夫だったのだが。ごめん!Yさん。 あと、ぼくのところまで歩いて1時間かかる、と言っていた。のんびり歩いてくるのだそうだ。 #
by isourou1
| 2023-08-20 14:39
| ホームレス文化
今年の夏は暑い。6月から30度を超えていた。暑いと、へばる。猫とて同じことである。というか、キックちゃんに関しては、夏が苦手な私以上にへばっている。テントの中ではバッテリー式の扇風機を回わし、猫用の冷感ジェルもあるが、クーラーがないので限界がある。
キックちゃんがネズミを穫らなくなって久しい。寝枕にネズミが置かれている恐怖を味わなくて済むのはありがたい。しかし、そのためか、今年はネズミが多いようだ。多少、食べ物が散らかしてあっても、私のテントにはネズミが寄りつかなかったものだが、最近はテントの周りで運動会だ。チューチュー言う声もする。「あいつは、もう老いぼれたから大丈夫だ」「からかってやろうぜ」とでも言っているようだ。キックちゃんは知らんふりをしている。公園のネズミは、ウサギかなと思うほどの大きさで、たしかに今のキックちゃんに太刀打ちできる相手ではない。草刈をよくするようになったためか蛇(青大将)も見かけることがなくなり、天敵がいなくなっているのかもしれない。 キックちゃんは、テントの中で一日中、寝ている。外に行こうとしない。歩き方もヨボヨボとしてきた。ちなみに、推定年齢は18歳くらいで人間にすると90歳近くになるはずだ(なんと)。このままでは足腰が弱る一方だということで、2週間前から夜の散歩をしている。まずは抱き抱えて、水場や公衆トイレまで連れて行く。テントから出る時はミャーミャー言うが、後はおとなしく抱っこされている。けっこう重い。Iさんも一緒のことが多い。キックちゃんは、食器洗いや水浴びなどの人間の用事が終わるのを待っている。遅いと、ミャーミャーと催促をする。それで、連れだって帰る。キックちゃんは道中でトイレを済ませる。穴をほって、丁寧に埋め戻す。小用の時間がやたらに長い。ずいぶんとためこんでいるようだ(身体に悪いだろうと、最近では昼もトイレタイムをつくることにした)。ハクビシンが通りかかるとビクっと様子をうかがう。特定の場所にくると雄叫びをあげる(理由は不明。最近はしなくなった)。草を食べて吐いたりもする。まさに道草をくいながら、キックちゃんは一緒に歩いてテントまで戻ってくる。所用時間は30分くらい。考えてみれば、前の飼い主は猫の散歩をよくしていた。キックちゃんが覚えているかは分からないが、習慣としてなじみがあるはずだ。こうして、少しは足腰がしっかりしてきたような気がする。この勢いでもって、どうにか、この暑さを乗り越えてほしい、と心から願っている。 ※追記(7月27日) 昼に、テント裏の荷物を整理していたところ、どでかいネズミが飛びだして、テント下に走り込んだ。ああ、やっぱり巣にしているのか(しかもデカい)と様子を伺っていると、飛び出してきたあたりで、何かがチロチロとしている。子ねずみの尻尾かなと思ったら、ツルンとしたものが顔をのぞかせた。蛇だった。口先から舌が出ている。とすると、さきほどのネズミは蛇に追われていたのだ。おお、がんばれ、蛇! #
by isourou1
| 2023-07-26 22:58
| ホームレス文化
頭痛持ちである。かれこれ15年ほどになる。疲労やストレス・寝不足や眼精疲労に胃腸の荒れなどの体調や、太陽光や気圧の変化など自然条件、多種多様な要因が頭痛の原因になる。頭痛のはじまりは、遠くのどこか(脳内)のかすかな鈍重さとしてやってくる。頭痛の種だ。 うららかに晴れた、その日も頭痛の種があった。東京西部の小さな駅での待ち合わせにも15分遅れた。Hさんは自転車でやってきたらしく、Tシャツ一枚の軽装だ。これからHさんに、近くに流れる一級河川に住む人のところに案内してもらうのだ。 昔、この付近はよく訪れた場所だが、今あるいている道に見覚えはなかった。対面からのんびりと走ってくる自転車の背広のおじさんと、おー、とか言って、Hさんがいきなりハグをしている。Hさんは、私より20才ほど若い女性で海外での暮らしも長い。おじさんは、Hさんに、活躍しているのは見ているよ、逞しくなったけど変わらないねぇ、などと言っている。そして、ニュージーランドの排外主義のことを聞いている。Hさんは、海外生活をつづった手書きの豆本サイズのジンを手渡していた。後で聞くと、そのおじさんは、ここの前市長(現・市会議員)だった。 あたりには一級河川に通じる小川やせせらぎが数多くあり、落ち着いたたたずまいの住宅地だ。15分ほど歩いて急に視界が開け堤防に着いた。堤上には土の道が続いている。河原には大きなグランドがあり、枝を広げた大木が気持ちよさそうに立っている。 堤の両側に、増築を重ねた複雑な形状の家や簡易なプレハブ住宅、公営住宅を思わせる小さなユニット型の家並み、いずれも年季の入った一群の建物が現れた。一級河川と支流に挟まれており、国と自治体の間で所有が曖昧なのかもしれない。こういう場所に遭遇すると気持ちが浮き立つのを抑えがたい。桜の木の下には折りたたみイスが10数脚並べてあり、枝につり下げられた缶ビールのモビールが風に揺れてカタカタ乾いた音をさせている。いいところだ。さて、ここから堤を降りていく。 Hさんが前回訪れたのは6年前らしく記憶は怪しい。しかし、迷いつつ進むのは今の気分にぴったりだ。せせらぎを2回渡り、小さな崖を昇降し、林に分け入る。ホーホケキョとウグイスがお出迎え。50メートルほど進むとテントが3つほど固まってあり、これは隣人のものと聞いていた。名も知らぬ紫色の草花が咲き乱れて、ちょっと桃源郷の趣さえ漂う。さらに進むと、太い丸太を組んで床上げしたコールマンのキャンプ用テントが見えてきた。わきには囲炉裏らしきスペースや倉庫らしきテントもあり、干物をつくるネットが奥に揺れている。うす暗いテント内は外光との明度差でよく見えなかったが人影があった。Hさんはどんどんと歩み寄り、「Oさん」と声をかけた。「おぉ、久しぶり。今、飯くっていたところ」と気さくな返事。Hさんが後ろに控えていたぼくを「公園に住んでいる友達で、、、」と名前を告げると、意外にも「一回会ったことがあるんだ、机に時計をおいて時間を当てるというやつを見たことがある」と言う。 一瞬、思い出せないほど昔のこと。難解大道芸というシリーズを公園でやっていたことがあり、その1つに、時間をぴたりと当てますというのがあった。机の上には大きな時計が対面の客に向けて置いてあり、ぼくは2~3分うなったり精神統一をしてから、おもむろに時計を掴んで自分に向けて、時刻を大声で告げるという芸だった。 HさんがOさんに「台風の時、洪水になって大変だったでしょ。ヘリコプターで吊り下げられている写真をニュージーランドで見たよ」と言っている。Oさんは「いい恥さらしになったよ。まだ生きていたいという気持ちがあるんだな」と言った。その時の洪水で、近くの中州に住んでいた方が亡くなっている。 Oさんはテントからまぶしそうな顔で出てきた。よれた感じの白いTシャツに白いズボン。テント横にある囲炉裏に移動した。「迷わなかった?」とOさん。「うーん、三途の川を2つ渡ってきました」とHさん。囲炉裏は破けかかったタープ状のテントが囲み、雨よけになっていた。今では公園は、どこでもたき火禁止だ。Oさんは、焼き畑をしたら警察がきたけどすぐ帰ったと楽しそうに話していた。自由度がまるでちがう。 現在、Oさんは賃労働せずに、3カ所から支援物資を受け取って暮らしているとのことだった。洪水で亡くなった方にはOさんがパンなどを届けていたらしい。 Oさんがここに暮らして10年弱。2011年の東日本大震災の後、スーパーカブで東北を旅行し、原発の洗浄の仕事などで資金をつくって、西日本もまわり、高知の浜にしばらく暮らしたのちのことだという。もともと近隣のアパートに住んでいたから河原のテントは見知っていたそうだ。 そのころはもっとテントがあったそうだが、整備工事などもあり、現在は二人になっているとのこと。隣人はOさんの後に住み始めたそうだ。 Hさんが、雨ざらしになっている小さいギターに目をむけて「やめたんですか?」と聞くと「ギターの中に鳥が巣を作っていたんだけど」とOさん。あのあたりでしゃがんでいると鳥と目が合うんだよね、ヤバイと思ったんじゃないか、いなくなっちゃった。Hさん、いい話だなぁと笑う。 Oさんは、Hさんも参加していたバンドに(その時は詩の朗読で)半年ほど加わっていたことがあるそうだ。 東京西部には、カウンターカルチャーの流れが脈々と存在している。30年ほど前には、立川近くの河原に音楽などをやっている同年代の人たちが集団で暮らしていて、ぼくも遊びに行っていた。 ぼくが住んでいるY公園の話しをすると、Oさんは、西日本を旅している時にハーフの男と出会ったことを思い出した。その男もY公園にテントを張っていると言っていたそうだ。彼がどこからか車を盗んできて、免許を持っているOさんが運転していた。でも、その男が、スピードをもっと出せ、とか言ってOさんに代わって無免許なのにハンドルをにぎっていたところ、速度オーバーであえなく御用。取り調べで盗難のことは黙っていたOさんだったが、男がOさんの犯行にしていると警官に告げられ、腹が立って全部話したという。今おもえば警察にハメられたのかもしれない、とOさん。ひどい目にあったには違いないが、Oさんの話はオフビートの映画のようにおかしかった。ちなみに、ぼくには思い当たる人物は二人いるが、どちらかは分からない。 Oさんとの話は楽しかったが、ぼくの頭痛の種はだいぶ大きくなってきていた。ぼくが、そのことを言うと、Oさんが「セロニアス・モンク知っている?」。ジャズ界の奇人として知られたピアニストだ。モンクとは修道士という意味。一音一音探りながら弾いているような、でもどこかズレているような脱臼感のある演奏。ぼくもソロなどを聞いていたことがある。Oさんの話では、モンクは頭痛もちで、鎮痛剤を使わずに独自に治していたそうだが、その方法の説明は聞いている方が頭が痛くなるほど長かったそうだ。考えてみると野宿者で、セロニアス・モンクについて語る人なんて、この20年会ったことなかった。 共通の知人の息子が、さる高名な活動家の釈放集会に顔を出していたという話になった時、結局人殺しではないか、人を殺してまでやった方がいいことがあると思っていたんだ、俺はそんなことはないと思っている、とOさんは言った。その活動家が殺人したかは知らない(たぶん直接的にはしてないと思う)が、基本的にはOさんの考えはもっともだと思った。Hさんは、結果として人を殺すことになった場合もある、と言っていた。 それから、Hさんの父親(大学教授)が家で何もすることがないようで、定年になったら大丈夫か心配という話になり、Oさんが人間は何かせずにいられない生き物だと言った。 土手にバラックを建てているオヤジが、台風で流されてきた木の根やらが絡まったものを河原で毎日のように片づけていたそうだ。なんのためだろう?と思って尋ねてみたら、ヒマだから。たぶんそうだろうと思ったけど、そう言われると何も言えない、とOさんは笑う。 さらにOさんが、自分は鳥や草と一緒で生きて死ぬだけだと思っているよ、何もしないのが一番いいんじゃないの、と言った。ここで、おそらくOさんの話しは核心へと近づいた。しばしの沈黙のあと、ウグイスが一声。 ぼくは、目の前の轍をさして、これは河原に行く道ですか? と聞いた。Oさんが、得たりとばかり、行ってみる?と立ち上がった。Oさんはマムシよけに地面を踏みならしながら先頭を歩く。木立をぬけて一面のススキ原に出た。水面は見えない。Oさんによると、工事によって水量が減っているらしく引き返すことにした。帰り道、Oさんは手にしたビニール袋にヨモギを摘み取っていた。干してお茶にしているとのこと。ここにはアライグマや狸ばかりではなく狐もいるそうだ。なんだか人を化かしそうだ。Oさんは、毎日、座禅していると言った。 帰りはOさんは先頭にたって見送ってくれた。三途の川などを渡らすに堤防まで出た。堤上でもぼくらの話はなかなか終わらず、なんとなく名残惜しい感じがしていた。 #
by isourou1
| 2023-06-02 15:08
| ホームレス文化
トイレに向かう道の桜並木もすっかり散りつくし、閑散としている。これからは、なだらかに暖かくなるだけだ。 公園では場所制限なしの通常の花見は4年ぶりだった。それだけに人出が多かったような気がする。その狂騒も終了した。 毎日、自転車を借りにくるゴーストさんも姿も見せない。紙皿やら割り箸やらお菓子やらバケツやらウェットテッシュやら細々とした収穫物も持ってくることもなくなった。ゴーストさんはゴミ漁りのため自転車で巡回していたのだ。スシローの寿司があった、松屋の牛丼が3つ丸ごと捨ててあって肉だけは食べた、でも今年はケンタッキーがないんだよ、と言っていた。ケンタッキーは別格らしい。今年は、この公園でゴミを拾っている人は約30人らしい。ゴーストさんは記録魔だ。ぼくは、花見前からゴーストさんにブルーシートがあれば欲しいと頼んでいた。 ……テント前に乗り入れた自転車のキィというブレーキ音がする。 「Oさん、いる? 」。ゴーストさんの声だ。ゴーストさんは体も大きいが声はさらに大きい。時に耳栓をしていることを忘れているためもある。 「おぅ」と生返事をすると、 「おぅ、じゃないよ。いそがしい? シートの厚くて大きいのが出ているよ。自転車じゃ運べないよ。今すぐ台車で行こう。どうする? 」。 大きな台車を押して花見客の洪水の中を抜け、ゴミ集積場所にたどり着く。丸めて捨てられたブルーシートをゴーストさんと広げて畳んで台車にのせる。ときにはとんでもなく大きいシートもある。白いシートは珍しい。横では、ほかの公園の知り合いが缶集めしている。「今が稼ぎ時だから」。酒も缶もいくらでもとれるから機嫌がいい。「花見やろうよ、お茶で」とほろ酔いで言っていた。 先週の金曜夜は台車で2往復した。ゴミは山のように道に溢れていた。ゴーストさんは、今だけだよ、もっと持って行こう、と煽るけど、そんなにあっても置く場所がない。 テント村Tさんが大玉おくりの玉くらいのブルーシート2枚をひっぱったり転がしたりしていたのを手伝ったのも入れて、今年は集積所との間を台車で6回往復した。 こないだの日曜が冬季休業あけのエノアールとなった。 開店記念にオールスターでゴミ漁り行こう、とゴーストさんが張り切っている。夕方に雨が降らないかな、そうしたら勝負!、持って帰るのが面倒で置いていくから。 雨が降る気配はない。みっちゃんが「早く自転車で取りに行きなさいよ」とゴーストさんを急かしている。17時すぎないと花見が終わらないよ、とみんな。「わたしは、怒られると嫌だから拾わないわよ」とMさん。以前は、花見の時期だけ熱心に缶を集めていたのだが、嫌なことがあったのかもしれない。Mさんが「夜、歩いていたら、何がいるか分からない。狸もみたし、ヘビもいるし。でも、河童はまだ見ていない」と最後を大声で言い切った。みんな大笑い。Mさんは「河童はいると思う」と言っていた。 みっちゃんが、大きなブルーシートを引っ張りながら戻ってきた。お礼を言うと、中くらいのブルーシートも2枚持ってきてくれた。ほら、レシートまだあるよ、どうするの。 辺りがゆっくりと暗くなってきて、イスやテーブルを片づけ、みんなが帰ろうとしているところにキィとブレーキを響かせてゴーストさんが戻ってきた。自転車の前後のカゴに、お菓子やツマミやサラダなどが満載。 「今から2次会やろう」とゴーストさん それらはテーブルに乗っけて、欲しいものをおみやげとして持って帰ってもらった。 #
by isourou1
| 2023-04-06 21:01
| ホームレス文化
|
ファン申請 |
||